過去受賞作品

2012 シンポジウム

日時:2012年2月21日(火)15:00~18:00 終了しました
会場:リビングデザインセンターOZONE 3F パークタワーホール

パネルディスカッション

パネルディスカッション

2012年2月21日、住まいの環境デザイン・アワード2012シンポジウムが開催されました。
「これからの住まいの環境設計-住まい手の意識変革が住宅をどう変えるか-」と題したパネルディスカッションの概要をご紹介します。

パネリスト 東 利恵(建築家/東 環境・建築研究所代表)
小嶋 一浩(建築家/横浜国立大学大学院教授)
宿谷 昌則(建築環境学者/東京都市大学教授)
千葉 学(建築家 東京大学大学院准教授)
池田 俊雄(東京ガス株式会社 営業第二事業部長)
コーディネーター 安達 功(日経BP社 建設局プロデューサー)

安達2011年3月11日の東日本大震災からまもなく一年が経ちます。昨年の震災後、日経BP社でアンケートを実施したところ、家づくりに対する住まい手の意識が、大きく変わったことが分かりました。
このアンケートは、家を建て替えたり、リフォームしたりしようとしていた500人を対象として実施したものです。その結果を見ると、消費者の価値観は、大きく2つの点で変わっています。一つは、以前は建設時のイニシャルコストを抑えたいという意識が非常に強かったのに対して、長く安心して暮らせる家を求めるようになった。つまり、時間軸で住まいをとらえるようになったことです。
もう一つは、周辺とのつながりを求めるようになったことです。今回の震災でも、自宅は残ったのに、周辺一帯が壊滅的な打撃を受けたり、ライフラインが被災したりして、結局そこには住めないというケースが見られました。つまり、自宅だけ堅牢につくっても、万が一の際には、生活を続けられないことに、多くの人が気付いたわけです。そのことを象徴するように、アンケートでは「災害リスクの少ない立地に住みたい」という声が目立ちました。
さて、ここから先は、そうした意識変化が、これからの家づくりをどう変えていくのか、そこにプロ側がどう関わっていけばいいのかを議論していきたいと思います。宿谷先生は、ご自身の仕事や身辺で、震災後どのような変化がありましたか。

宿谷変わったことと、変わらなかったことがあります。変わらなかったのは、我が家のライフスタイルです。2年前、私は自宅を断熱改修しました。最近、改修後のガス・電気の使用量を整理してみたところ、ちょっと自慢したい結果が出ました。消費エネルギーが、日本の全家庭の平均値の約65%に抑えられているのです。断熱性能を高めれば、暮らしが快適性になり、しかもエネルギー使用量を大幅に減らせることを、実際に示すことができたわけで、家庭内での私の地位も少し上がりました。 次に、反省も含めて、私自身が変わったことについてお話しします。これまで、住宅の環境というと、とかく単体の建物や、部屋の集合体として考えがちでした。しかし、実は発電所などとつながって成り立っていることをよく考えるべきだと、震災を機に痛感しました。発電所などの問題は、遠いところの話だし、私は専門家ではないので遠慮もあって、語らないことにしてきました。しかし、震災が引き金となった今回の原発問題で、そうした自分の姿勢は間違いだったことに気付きました。震災を機に、住まい手の意識が変わったように、私たちも変わっていかなければいけないと思っているところです。

安達千葉さんの場合は、いかがですか。
 
 
 

千葉さきほど紹介のあったアンケートで、住まい手の間に、災害リスクの少ない場所に住みたいという声が出てきたことには強く共感しました。立地に関心が向くようになったのは、大切なことです。確かに、今回の震災では、いくら建物だけを強くしても、堤防を高くしても万全ではなく、街自体を強くしなければいけないことを思い知らされました。そうなると、どんな家に住むのかという以前に、どこに住めばいいのかという問題が出てきます。そもそも、「強い街」とは何なのか。どこでも同じように宅地化して、同じような家を建てていること自体を再考しなければいけないと思います。
建築設計者について言うと、これまでは、与えられた敷地に建物を建てるところにしか、技術もノウハウも、そして仕事もありませんでした。しかし、本来は、そこでどういう生活をすれば災害リスクを抑えられるのか、ということも考えて取り組んでいかなければいけない。その意味では、建物内にとどまらず、もっと大きなスケールで環境をとらえて、生活のあり方を提案していけるような、広い意味での環境設計が求められるようになると思います。

小嶋その通りだと思います。私たち建築家は、常に環境をトータルに見渡すなかで、最適解を見出しています。
私は震災後、千葉さんも参画している「アーキエイド(東日本大震災における建築家による復興支援ネットワーク)」で実行委員を務めています。アーキエイドのプロジェクトの一つに、宮城・石巻市の牡鹿半島にある鮎川という漁村の復興計画があります。そこでは、どの高台に移転し、どういう住宅地をつくればいいのか。あるいは、街全体をどうしてくのか、津波避難ビルはどう設計したらいいのかというように、敷地の手前から考えることをやっています。つまり、住宅や建築を、インフラと同時に考えているわけです。
これまでの街というのは、土木や都市計画の専門家がつくるものであって、そこで与えられた敷地に、設計者が建築をつくってきました。そのため、環境をトータルに見渡すことができるはずの設計者が、街に関してできることはほとんどありませんでした。
しかし、鮎川では、ただ高台に移転するだけでなく、どうしたら住民が幸せに暮らせる街にできるのか。高台を造成して、大きな宅地に割るよりも、コミュニティーが保たれるような、軒を寄せ合う住宅地にできないのか。大々的な土木造成ではなく、斜面を生かした最小限の造成で、コストを抑えつつ、いい街をつくれないのか。そういった、従来の土木や都市計画の概念とは違う、設計者ならではの視点で、住民も巻き込んで取り組んでいます。
とにかく、今までの設計者は、あまりにも敷地の中だけにとらわれ過ぎてきました。しかし、環境というものが周囲とつながっているのは当然ののことで、それを考慮せずには本質的な問題は解決しません。

安達広く環境をとらえるなかで住宅を位置付けていくとき、これからの住まいはどうなっていくと、東さんは思われますか。
 
 

私の場合、震災を機に、自分の意識が大きく変わったというよりも、むしろ以前に戻ったという感覚を持っています。
私は、東京・青山の実家「塔の家」(1966年)をいったん出て、20年ほどマンションで暮らした後、5年ほど前に戻りました。マンションで生活していた間に、自分が退化したことに気付いてはいましたが、震災後の節電でエアコンを切ったとき、改めてそのことを実感しました。コンクリート打ち放しの建物というのは非常に寒く、いかに酷なものなのかを痛感しました。
ただ、両親はずっとそこで暮らしてきたし、私自身も子どもの頃はそれで平気でした。実際、夜、寝るときでも、セーターを2、3枚着れば全く問題なく過ごせるのです。
私自身が、そういうところに立ち返ったように、今回のアワードで上位に入った作品を改めて見ると、快適さを確保しつつも、多少は寒くてもいい、あるいは暑くてもいいという意識を、どこかで持っているような気がしました。さきほど、震災後の住まい手の意識変化についてお話がありましたが、それが大きな全体の流れとして、実際の設計に影響してくるまでには、数年単位のゆっくりとした時間がかかるのではないかと思っています。

安達エネルギー供給者として、池田さんは震災の影響をどう感じていますか。
 
 
 

池田震災以降、多くのお問い合わせをいただいてきましたが、その内容は大きく2つに分けられます。一つは、やはり安心安全に関することです。私たちはとかく、システムや機器を中心にPRしがちですが、都市ガスの安全性は本当に大丈夫なのかといった類の質問をよく受けました。その意味では、災害発生時の安全性や対策をもっと認識していただけるようなPRをしていくべきだと感じています。
もう一つは、自然エネルギーの使い方についてです。震災前まで、自然エネルギーは主に、環境への配慮や低炭素社会への貢献といった切り口で語られてきました。それが震災以降は、いかに省エネ・節エネにつなげてくかという考え方が強くなっています。また、自然エネルギーとガス、そして電気とを、どのように使えばベストミックスになるか。これからは、その辺りが個々の条件に則した形で問われてくるだろうと思っています。
例えば、私たちは、家庭用燃料電池システム「エネファーム」をPRしていますが、最大限に活用されるためには、立地条件や家族構成、生活パターンなど、個々の物件に応じて提案していかなければいけない。ただマニュアルに沿った提案ではなく、物件ごとのきめ細かな提案が必要だと痛感しています。

安達具体的には、都市やエネルギーの問題も含めて、広く環境をとらえつつ、どのような道筋で住宅を考えていけばいいのか。その辺りをお一人ずつお願いします。

小嶋モノだけで建築をつくり上げる時代は、明らかに終わりました。まず人間がいて、環境を制御するものとして建築があり、それが都市になっていくという流れを考えていくことが、これからは不可欠でしょう。
都市居住の問題について、僕は長く研究していて、例えばベトナムでは、気流解析による設計手法を用いて、エアコンを使わずに快適に暮らせる高密度な集合住宅をつくりました。これからの都市は、基本的にはコンパクトシティのような形の高密度型がいいと考えています。ただし、今回の震災で、高密度であることのリスクも見えてきました。都市の問題も、住宅の問題も、すぐに答えは出ないかもしれませんが、まだまだ建築関係者がやるべきことは、たくさん残されていることだけは事実です。

市場経済のなかでは、いまだに20年前と同じプランのマンションや分譲住宅が供給されています。そこで、住まい手が自分たちなりに工夫して、なんとか住みこなしているというのが実態です。いくら建築家が住まい方の柔軟性を提唱して実践しても、それはごく一部に過ぎません。家族形態が変化し、親子の垣根もボーダーレスになって、子ども部屋の意味すらなくなりつつあるなかで、今までのようなプランは無意味になりつつあるのに、供給されるものは変わらない。家を買う側も、そういうものだと思い込んでいる。
しかし、震災後、街中の照明が暗くなっても、すぐにみんなが慣れてしまったように、半ば強制的に新しい環境や場面を与えられると、意外に柔軟に受け入れる資質が、日本人にはあると思います。その意味では、もっと柔軟な発想をもって、本質的なライフスタイルの見直しが始まることを期待しています。

宿谷一番大切なのは、自分の身体で考えてみることで、その手前には必ず体感があります。私たち環境学者は、エネルギーを「エクセルギー」という概念でとらえて整理してきましたが、人間の身体というのは、熱的なストレスが一番小さいところで、エクセルギーの消費が最小になるようにできています。例えば、夏ならば、気温の高低よりも、日射が遮へいされ、放射温度がコントロールされたところに風が吹くと、人体のエクセルギー消費は最も小さくなります。これは、長い進化の過程で、人体が獲得した機能なのです。
そのことをしっかりと意識して考えていくと、都市や地域社会、そして住まいのあり方を追求するなかで、環境をどのようにデザインすればよいのかが見えてくるような気がします。その辺りは、まだ全くできていません。つまり、これからやるべきことは、まだまだたくさんあるわけです。

池田確かに、考え直さなければいけないことはたくさんあります。例えば、室内温度のバリアフリー化は大事ですが、ただただマニュアル的に温度を均等にすれば済むものではないと思います。温度は少し高めでも、湿度や気流をうまく組み合わせることで、十分に快適で健康な家ができるケースもあるでしょう。
一方、個々の立地条件や生活パターンなどを踏まえて、自然エネルギーも含めた各種エネルギーをうまくミックスさせて、できるだけエネルギー使用量の少ない家づくりも目指したい。その先に、スマートタウンのような地域レベルの話も視野に入れて考える時期を迎えていると思います。ただし、そうした取り組みは、エネルギー供給会社だけでできることではないので、建築関係者や住まい手の意見や意識もうまくミックスさせて、新しいシステムの構築を目指したいと思います。

千葉僕がイメージしている将来の街や、建築のあり方についてお話しします。以前から、ガスも電気も水も、一つのリソースから分配されてきました。しかし、そのことを強く意識したのが、昨年の震災でした。そのことを忘れず、これからはエネルギーを様々なレベルでシェアしていることを、もう少しいろいろなデザインに生かしていったらいいと思います。
例えば、西日が当たって困るという家があるとき、今までは単体の住宅で日射を遮へいして解決してきました。でも、近くに日当たりの悪い家があるならば、そのエネルギーをシェアすることもあり得るでしょう。場所ごとの環境のポテンシャルを読み取って、適切なエネルギーに置き換え、さらにそれをやりとりする社会ができたら面白い。エネルギーを媒介にして、地域社会なり、コミュニティーが育まれていくような、そういう街や建築ができたらいいと、以前から僕は思っています。

安達今日のシンポジウムは少し大きなテーマでしたが、新しいスタートを切るためのヒントはいろいろと出てきたと思います。そもそも、このアワード自体が、毎年、数多くの実作をベースに、次の時代を標ぼうできる場であり、その意義は大きいと思います。来年も、さらに充実した住まいの応募を期待しています。