シンポジウム

今回は全国から215点の応募が寄せられ、2014年10月の一次審査、12月の二次審査を経て、各賞の受賞者が決定しました。
本シンポジウムは、受賞者による上位受賞作品のプレゼンテーションと、受賞者・審査員によるパネルディスカッションの二部構成で実施します。前半はグランプリ・準グランプリを受賞した設計者自身によるプレゼンテーションを、後半は審査員と上位受賞者を交えてのディスカッションを行い、これからの時代に求められる住まい像について議論します。
開催概要

実例から読み解く環境デザインの視座

日時: 2015年2月16日(月)15:00~18:00
会場: リビングデザインセンターOZONE 3階 パークタワーホール
第一部: 受賞者プレゼンテーション

<グランプリ>

納谷新(納谷建築設計事務所)

<準グランプリ>

河田 剛(とのま一級建築士事務所)

第二部: パネルディスカッション
-審査員と上位受賞者によるディスカッション-

<審査員>

東 利恵(建築家/東環境・建築研究所代表)
小嶋一浩(建築家/横浜国立大学大学院教授)
宿谷昌則(建築環境学者/東京都市大学教授)
千葉 学(建築家/東京大学大学院教授)
小宮健司(東京ガス株式会社 営業第二事業部長)

<グランプリ・準グランプリ・優秀賞 受賞者>

納谷新(納谷建築設計事務所)、河田剛(とのま一級建築士事務所)、仲俊治(仲建築設計スタジオ)、
谷尻誠(suppose design office)、藤田雄介(Camp Design inc.)

 

2015シンポジウムレポート

パネルディスカッション
パネルディスカッション
パネリスト(審査員)

東 利恵(建築家/東 環境・建築研究所代表)
小嶋 一浩(建築家/横浜国立大学大学院教授)
宿谷 昌則(建築環境学者/東京都市大学教授)
千葉 学(建築家/東京大学大学院教授)

小宮健司
(東京ガス株式会社 リビング本部
営業第二事業部長)


パネリスト(受賞者)

グランプリ受賞者:納谷新(納谷建築設計事務所)
準グランプリ受賞:河田剛(とのま一級建築士事務所)

優秀賞:
仲俊治(仲建築設計スタジオ)
谷尻誠(suppose design office)
藤田雄介(Camp Design inc.)

コーディネーター

安達 功(日経BP社 執行役員 インフラ総合研究所長)

家づくりを取り巻く社会環境の変化

安達今日は、受賞作を題材に、これからの住まいの環境デザインをどのように考えていけばよいのかを掘り下げていきたいと思います。議論に入る前に、家づくりを取り巻く社会環境がどう変わっているのかを簡単にお話しします。
1950年から2050年までの100年間で、日本の人口や世帯数などは大きく増減します。20世紀後半に人口が急増した成長期があり、1995年から2015年までの転換期を経て、これから本格的な成熟期に入ります。成熟期になると、総人口だけでなく、生産年齢人口や総世帯数も減少に向かいます。
では、成熟期に入ると何が変わるのか。最も大きいのは、成長期のモノを重視する価値観から、人を重視する価値観への転換です。マーケットも「需要消費型」から「需要創出型」に変わります。分業化・規格化から、多様化・統合化への転換でもあります。人が減り、モノが余る時代には、本来の意味のスマート化、つまりストックを賢く使っていく知恵が求められ、それは住宅にも当てはまります。
そんな成熟期の入口に当たる2015年の住まいの環境デザイン・アワードの審査は、非常に難航しました。作品の提案は多様で、それぞれが独自の視点を持っていました。
では、グランプリの「360゜」はどこが評価されたのか。まずは、現地を見学した小宮さんに聞いてみましょう。

小宮私は、審査では住まい手の視点を大切にするよう心がけています。360゜はとても見晴らしのよい立地にあり、その眺望のよさを生かしたテラスや芝生の屋根、ロフトなどがしつらえられています。くつろげる場所をあちこちに見つけることができて、こういう家だと毎日が楽しいだろうというのが、率直な感想でした。
また、1階を半地下にして地中熱を生かしたり、芝生の屋根で断熱したりと、空間の快適性と省エネ性とが両立するよう計画されていた点にも共感しました。
建築家にとって、自邸を設計するのは難しいことではないかと思うのですが、今回、納谷さんは、どこかに妥協点というか、一定の線引きのようなものをして設計したのですか。

納谷そもそも僕は自邸をつくるつもりはなかったので、自邸をつくったこと自体が妥協なのかもしれません。ただ、今回の場合、自分の家をつくったというよりも、つくりたい作品をつくったという意味合いのほうが強いですね。なので、どこかこの家の管理人として住んでいるような感覚があって、1年ほど経った最近、やっと少し慣れてきた感じです。

安達宿谷さんは、現地でどんな印象を?

宿谷地中に掘り込んでいることと、深い庇が印象的でした。最近、夏の日射を遮るために庇を付けたことをアピールする住宅が増えてきましたが、あそこまで深いものはほとんどありません。一方、吹き抜け上部の高窓は、庇も小さくて、一見、無防備です。けれども、夏はツル性植物を植えて日射を遮っているそうで、そうしたことも含めて、全体に渡ってよく練られていると感心しました。

曖昧な境界でつなげた住空間

安達360゜は、内外や部屋同士を、空間として明確に区切るのではなく、曖昧な境界でつなげているところも特長ですね。

納谷例えば、朝焼けの空は、一見、いくつかの色を数えられるような気がします。でも、実はグラデーションになっていて、色同士の境界はありませんよね。そういうことは設計でも常に意識していて、この住宅も壁で空間を分けていません。違う性質の空間を、曖昧な境界でつなげています。どこで食事をしても、寝転がってもいい。実際、季節のいいときはテラスでくつろいだり、芝生の屋根に出たりしています。場所を仕切って用途を固定するのではなく、全体がなんとなくつながっていることに魅力を感じています。
本当は、内外も分けたくなかったのですが、さすがにそうはいかないので、木製サッシは柱から独立して立てました。内外の境界としてではなく、デッキでの過ごし方や、リビングの雰囲気を模索した結果、構造体とは切り離して木製サッシの位置を決めています。その構造も、一定のモジュールではないし、グリッドにも乗っていません。模型などで確認しながら、「この空間なら柱はここかな」というところに立てて、そこから構造計算をしています。
360゜という名前も、特定の方向性がある建物にはしたくない、という思いから付けたものです。いろんな要素を、曖昧につなげてでき上がったものがいいと。頭のなかで整理する前のものをつくった感じです。

安達東さんは、境界が曖昧な360゜の空間をどうご覧になりましたか。

気配を感じながらも家族のプライバシーが守られている空間がつくられています。どこか、昔からの日本人らしい暮らしのあり方が感じられます。それが、家族を基本とする日本人のコミュニケーションの第一歩だとしたら、例えば、災害時などに、とても日本人らしいコミュニケーションが生まれるところにも通じるのではないかと思いました。

地域のインフラと共存する住宅

安達続いて、準グランプリの「T の住宅 -月極駐車場の上の住宅-」にいきましょう。現地を見学したのは小嶋さんと千葉さんですね。

小嶋正直なところ、この建築が本当に成り立っているのか不安な部分がありました。しかも、タクシーを降りて現地を目にしたとき、不安は倍増しました。というのも、駐車場の上に載っているのが、鉄骨ラーメンに薄いスラブという華奢な人工地盤で、しかも建物の1階と2階の鉄骨柱がずれて立っている。こういうのって、離れて見たとき不安を抱かせるんですよ。
ところが、なかに入って不安は一気に払拭されました。話を聞くと、かなりきちんと考えた設計がされていて、しかも真下に駐車場があることを忘れてしまうほど快適で開放的な空間が広がっていました。

千葉駐車場の上にある空間で、住まい手がごく自然に、楽しそうに日常生活を送っている姿は印象的でした。鉄骨造で長期優良住宅の認定を取るなど、堅実な設計がされています。
僕が最も感心したのは、既存の月極駐車場を生かしたまま、その上に家をつくるという発想です。普通ならば、住宅を建てる分だけ駐車場をつぶしてしまうでしょう。僕が育った東京・世田谷にも似たようなところがあるのですが、車社会になる前につくられた住宅地では、月極駐車場は一種のインフラのような存在なんですね。地域の人からすると、なくなったら困る。この作品は、地域とともにある住宅の姿を見せていて、こういう解き方は非常に大事だと思います。
河田さんは、普段から地域との関わりや、公共性をテーマに設計しているのですか。

河田設計者として、公共性は重要なテーマだと考えています。ただ、やはり家を建てる住まい手の意識は、なかなか公共性というところまでは届かないですよね。今回の場合、建て主の家族が、この土地で月極駐車場を運営し、収入を得ていました。その経済性はとても大切で、人と車という双方の立場から見たとき、どういう解き方があるのかが課題でした。結果として、双方が互いに入り込む余地があるというか、境目に曖昧感があるような家になっています。

ベトナムで見た食堂の光景から着想

安達曖昧という言葉は、多様性にも通じると思いますが、優秀賞の「食堂付きアパート」も別の形でそれを感じさせますね。東さんは、現地をどのようにご覧になりましたか。

食堂を中心に、住人同士、あるいは地域も含めたコミュニティをつくる仕掛けが、よく考えられていると感心しました。シェアハウスのパブリックな部分を外に出して、プライベートな空間はシェアハウスより守られています。その曖昧さの塩梅がとてもうまくいっています。オーナーが、企画から運営まで積極的に取り組んでいることも印象的でした。そもそも、こうした形でコミュニティ形成を図ろうという発想はどこから出てきたのですか。

ここでは、中間的領域があちこちにある建築をつくっています。例えば、5 戸あるSOHO 住戸には、寝室部分と共用廊下との間に、スタジオと呼ぶ仕事場のような中間的な空間を設けています。玄関前のポーチ部分は、共用廊下と床の仕上げを連続させて、やはり中間的な空間にしました。そして、アパートと街との中間領域になっているのが、食堂です。食堂には2つの入口があり、アパートからも、街からも入れるようになっています。
こうした中間的な場を重ねていくことで、家から街までがなんとなくつながっていく。時と場合に応じて、その領域感を変えていけるような空間をつくりたいと考えました。

ところで、どうして食堂なのですか。

以前、ベトナムの寒村を旅したときの経験がもとになっています。
その村には1つしか食堂がなく、閉店間際でほかに客がいないなかで、僕は夕食を摂りました。すると、まだこちらが食べているうちから、村のおばさんや子どもたちが食材を抱えて入ってきて、厨房で料理を始めたんです。不思議に思って尋ねてみると、どうやら村でガスを使えるのがその店だけで、客がいないときは使ってよいことになっているらしいんです。実際の設備は貧しいし、小さなガス台が10個くらいあるだけです。でも、その光景がとても豊かに見えて、食とか料理、食材、料理をしている時間というのは、人と人、人と街をつなぐメディアになり得ると強く感じました。そのことがずっと頭の片隅に残っていて、今回のプロジェクトで生かしてみたいと思ったのです。

建て主も、それを受け入れてくれたわけですか。

敷地の周辺は、典型的な木造密集市街地で、ちょうど今、道路を拡幅する事業が進んでいます。いずれ街の開発が進み、これまで地べたにくっついてきた下町の暮らしが失われてしまうのではないか、という危機感を、建て主は持っていました。それならば、今のうちに何かできることをやりたいという彼の思いと、僕の提案とが一致して、このプロジェクトは動き始めました。

なぜ、柱は柱、壁は壁のままなのか?

安達一転して「広島の小屋」は、かなり挑戦的な作品として、審査でも話題になりました。現地を見た小嶋さんは、この作品をどう評価しましたか。

小嶋現地見学の日は雪で、この家の薄くて深い庇には雪が積もっていました。しかし、建物の外周はアクリル板しかない。内部にもエキスパンドメタルが見えるだけで、まさかそれで屋根を支えているはずがない。だとしたら、雪が積もった屋根をどうやって支えているのか?かなり謎でした。
聞けば、外周のアクリル板だけで支えているという。図面を見せてもらったら、基礎の上にアクリルを立て、屋根を納めるディテールが、実によく考えられていて感心しました。
一方、この透明な家にも当然、建て主の生活があります。そのリアルな部分であるキッチンやトイレ、浴室、寝室などは、床を一段下げたところにあって、外からは見えなくなっている。フィクショナルといってもいいような住まいを、建築家の手腕で鮮やかに実現しています。
アクリルというのは、けっこう扱いの難しい素材ですが、谷尻さんはどこからこのアイデアを思い付いたのですか。

谷尻例えば、携帯電話やスマートフォンは、電話から始まって、今ではカメラやインターネット、財布など様々な機能を備えるようになっています。だとしたら、現代の技術を駆使して、壁であり開口部でもある、構造も環境性能も同時に解く、といった建築があってもいいのではないか?なぜ、誰もそう考えないのか?そんなことを訴えたかったという一面もあります。

安達建築環境が専門の宿谷さんは、この作品にどんな印象を持ちましたか。

宿谷僕はスケジュールが合わず現地には行けませんでしたが、谷尻さんの考え方はとても重要だと思います。開口部のあり方として、設計者のみなさんと是非、共有したいのは、空間を暖めたり冷やしたりというのは、空気でやるべきものではない、という点です。大事なのは、表面温度のコントロールにあって、材料の選び方や開口部のデザインは決定的に重要なのです。

小嶋それにしても、谷尻さんは作品ごとに作風が違うのが不思議です。このアワードは、設計者名を伏せて審査するので、今回、受賞された2作品が、同じ谷尻さんの作品だとは、最後まで誰も気付かないくらいでした。

谷尻僕はずっと、建築家の作品像に憧れを抱いていました。一方で、憧れるほど違和感も強くなってきました。作品をつくることと、建て主が求める住まいをつくることとが乖離しているような気がして、それを一致させるものがあるべきなのかどうか、と考えてきました。そのなかで思ったのは、作品ごとに条件や要望は違うのだから、ある意味ではカメレオン的に作風は違ってもいいのではないか、我々の事務所というフィルター を通せば、アウトプットは違っても根底には同じ思考が息付いている。
一見、作家性がないような作家像というのがあるのではないかと思うようになりました。それで、作風が違ってくるのだと思います。

いまや“原風景”の団地に住む若者

安達さて、もう1つの「花畑団地27号棟プロジェクト」は、住宅の公共性に正面から取り組んだ事例だと思います。千葉さんは、このプロジェクトの意味をどうとらえますか。

千葉いきなり話はそれますが、先日、団地をテーマにした写真展で審査員を務めました。応募された作品を見て驚いたのは、団地の風景を美しいものととらえた写真の多さでした。均質な住棟が均等に並んだ団地を、新しい魅力として撮ったものが、特に若い人たちの作品に目立ちました。それを見て思ったのは、建築界ではとかく批判の的にされがちな団地が、もはや日本の原風景になっていることでした。
この花畑団地も、日本のどこにでもある団地の1つですが、開口部を木製サッシにしたり、減築して半屋外のルームテラスをつくったりして、とても丁寧な仕事がされています。団地が日本の原風景だとすれば、こうしたリノベーションで残していくのは大事なことです。
実は、団地の住環境はとても恵まれています。高密度化する都会にあって、これほど低密度なまま残っている団地は、魅力的な環境をつくり得るはずです。

藤田南面平行配置で、広い間隔をあけて並ぶ団地の住棟は、日当たりがよいのでパッシブソーラーを採り入れるのに適しています。半世紀が経って、住棟間の緑も育っています。その意味で、団地はエネルギー効率を高める要素が揃っていると見ることができます。

千葉もう1つ、このプロジェクトで思ったのは、高齢化が進む団地で、こうしたリノベーションをすれば若い人たちが積極的に入ってきて、新しいコミュニティが生まれるだろうという点です。改修した住棟には、実際にはどんな人が住んでいるのですか。

藤田計10戸がすべて入居していて、そのうち私が会ったのは2戸です。どちらも30代で夫婦と単身女性でした。そのほかも若い人たちだと聞いています。
今回のプロジェクトでは、改修で約40m2になった部屋を減築してルームテラスを設けたので、住戸の面積自体はさらに少し狭くなりました。1~2人で暮らす若い人を団地に呼びたいという思いがあったので、その面積でも問題ないとして減築が認められました。

安達花畑団地は断熱化など、基本性能の向上も図っていますが、宿谷さんはこの改修をどうとらえますか。

宿谷仮に、以前ここに住んでいた人が、改修後に戻ってきたとしたら、減築によって物理的な床面積は減ったのに、むしろ広くなった印象を受けるでしょう。その理由は、冬の生活を考えるとわかります。断熱化されていない住戸では、暖房のある部屋にこもって、寒い部屋には足が向かなくなるので、実際の生活空間は床面積よりもはるかに小さくなってしまいます。それを、きちんと断熱化すると、住戸全体の床や壁の表面温度が上がって、どこにいても快適なので生活空間が広がるのです。
つまり、実際の暮らしで有効な面積というのは、単なる物理的な広さではなく、表面温度によっても大きく左右されるわけです。みなさんにも是非そういう視点で設計を考えていって欲しいと思います。

熱的には切っても、場はつなぐ

安達5つの作品が、それぞれに異なる解を見出しているのは、多様化の時代には当然とも言えます。そのなかにも、住宅の公共性のようなものに対する意識がうかがえますが、その辺りはどうでしょうか。

小嶋外部をどうやって孕んでいくのかを考えるとき、すべては“場的”になると思います。納谷さんの住宅も、できるだけ仕切らずにつなげていって、場的なものを生み出しています。最後に内外を仕切ったサッシも、熱的には切ったけれど、場的には切っていない。柔らかい空気の濃度のようなものを掴もうとすると、宿谷さんの指摘するように、空気の温度ではなく、放射でとらえるという考え方に近付いてきて、設計者の姿勢も変更を迫られるのだろうと思います。
個人住宅の公共性というのは難しい面もあります。でも、今回の5作品を見ていて、外との関係に何らかの脈絡を付けたり、地域や敷地のリソースをちゃんと踏まえれば、必ず公共性につながっていくと感じました。

千葉今、小嶋さんが場の話をされましたが、僕自身も設計をしていてよく思うのは、もともと人間は空間に対するいろんな反応を、本能的に持っていることです。例えば、河原でカップルがほどよい間隔をあけながら座っているというのは、とてもわかりやすい例です。つながっていたい、離れていたい、という本能的な感覚が自然な形で顕著に現れています。
住宅では、どんな部屋が必要かという機能に応じて、わかりやすい形を組み立てていく時代が続きました。しかし、今年の作品は、人間が本能的に求める様々なものが、結果としてある1つの形をつくっていくことを示しています。
もう1つ、公共性について言うと、昔は隣近所で風呂や調味料を貸し借りして、ある意味では互いが不均質に持っているエネルギーをシェアする暮らしがありました。そういう不均質な状態は今もあって、そういうものをやりとりしていくことも含めて考えていくと、人間本来の身体的な要求と、環境への適応とを、住宅を介してつなげていけるのではないかと思いました。

安達今回の議論からは、「場」「領域」「曖昧」といったキーワードをすくい上げることができそうです。ここまで、刺激的な5 作品を題材に進めてきましたが、みなさんの設計でも参考にしていただければと思います。

このページの先頭へ